石崎尚「口ごもる形態と饒舌な質感―木村充伯の彫刻のために」

 《猫は人間を見つめる》などの作品は、カーヴィングに対する木村充伯の姿勢をよく示している。彼は展示に際して台座を使わずに、床から1、2メートルほどの高さで白い壁にかけたのである。言うまでもなく、台座の使用は最もオーソドックスな彫刻の展示方法だが、それを採用しない。このような判断は、その都度、鑑賞者と作品の適切な関係を設定しようとする木村の制作態度に由来する。加えて、これらの作品では後ろ側半分は作られず、壁や床といった物理的な条件が作品を効果的にトリミングするために用いられているのである。彫刻はあらゆる角度から鑑賞されるべきものという慣習に逆らっているが、鑑賞者の視線を作品の重要な部分に集中させるという点では効果をあげている。とはいえ、そこには我々をやや不安にさせる要素もないわけではない。これらの木彫作品がラフに彫られており、形態もリアリズムに基づいた再現ではないため、見る者に未完成かのような印象を少なからず与えるからである。
 一方で《子孫は眠る》という作品は、彼のモデリングの発想を考察するのに適したサンプルである。作品に向き合う時、私たちはその強い物質感にとらわれることだろう。木の板の上に大量の絵具の塊を乗せて、それを丁寧に赤子の形にして、そして乾燥させるというプロセスを経ている。絵を描く以外の用途では、実に扱いにくい油絵具という素材を用いて彫刻を作るのに、どれだけの手間と根気がいるのかを想像してみて欲しい。油絵具で彫刻を作るという行為はそれ自体が倒錯しているものの、長い歴史の中で繰り返されてきた絵画と彫刻のパラゴーネの議論を思い起こさせもする。モデリングという技術はメディウムの特性上、長持ちさせるために焼成(陶として)もしくは別の素材(ブロンズなど)で鋳造する必要があるが、木村はあえて作ったままの状態で維持することを選んだ。それゆえに、生々しい素材の質感がそのまま残り続け、この作品を特別なものにしている。
 カーヴィングとモデリングは歴史的にも技術的にも全く異なるものだが、木村の制作方法を考える際には、その二つの技術の相違のみならず両者を貫く共通点についても意識する必要があるだろう。例えば、木彫の作品を着色する場合にも油絵具を用い、油絵具のモデリングの制作は常に木製パネルの上で行われることを考えれば、彼の彫刻は常に「油絵具と木材」という関係性の中で捉えることが可能だろう。ついでに言えば、ディメンショナル・プリント(dimensional print)と呼ばれる彼の版画作品は油絵具をこれまた木材の加工品であるティッシュペーパーに転写したものである。
 また、木村が作品の質感の仕上げに際して、細心の注意を払っていることも見逃してはならない。例えば木彫作品であれば、チェーンソーで削ることによって出来るささくれを、毛並みを表現するために用いている。また、絵具の作品では油絵の粘性によって出来る、なだらかな曲線を描く先端を、これもまた毛並みの表現に利用しているのだ。しかし、それはあくまでも、モチーフとなる動物のリアルな表現のためではない。それは、再現性の向上のためではなく、あくまでも木や絵具といった素材そのものの質感の最大化のために用いられている。一見可愛らしく見える木村の動物彫刻は、しかしながらこの質感の強度によって、逆説的にもモチーフに対しての冷めた態度を感じさせる。油絵具彫刻において、絵具の油分はまるで死体から流れ出る血のように板に染み込んでおり、こうした質感へのこだわりはある種のおぞましさをも秘めている。  木村の作品における形の曖昧さ、あるいはリアリズムから離れた抽象的とも言えるような形態の把握の仕方を考える際、彼がドローイングの制作も重視していることを考慮すべきだろう。彼の自由な形態は、ドローイングに最も強く現れているからである。例えば《猫の歩き方》という2013年の作品は、猫が歩いている運動を示すために、四肢のそれぞれが3本ずつ描かれており、未来派の画家ジャコモ・バッラの絵を思わせる。つまり対象がどのように存在しているかということよりも、対象をどのように見るかということにより力点が置かれているのである。結果として、動物というモチーフにインスパイアされながらも、決して解剖学的な正しさに絡めとられることなく、深遠な雰囲気のあるものに置き換えている。つまり動物がモチーフになることが多いがそれ以上でもそれ以下でもなく、それは存在というもののサンプルにすぎない。言い換えれば木村の作品は、歴史上の偉大な彫刻家たちが行ってきたように、生と死についての瞑想なのである。
多くの彫刻家が自らの技術に固執しがちであるにもかかわらず、木村はモデリングとカーヴィングという対極の力学で定義された、二つの技法を用いた制作を大胆に行っており、このことは彼の驚くべき才能を示している。そして本展で展示されるレリーフのシリーズもまた、この作家の新しい代表作になることが期待される。彫刻という観点から2次元と3次元の違いを考察してきた彼にとって、レリーフへの取り組みは自然の成り行きと言えるだろう。ここでもまた、微妙な魅力を持つドローイング的な形態は、独自のスタイルを確立している。それは技術偏重のリアリズム彫刻でも、イデアや信念のない抽象彫刻でもなく、動物という幅広い入口を持つモチーフを扱いながら、素材の可能性と存在に対する深い意識を喚起させる作品世界を構築しているのである。

石崎 尚(愛知県美術館学芸員)

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